祖師谷で始まった教室の物語。2000年のスタートを振り返る

こんにちは。世田谷学びの応援団長、サワシマです。

 

今日は新しいブログネタとして、カイカ祖師谷教室の歩みをちょっとだけ振り返ってみようと思います。

 

まずは2000年。

 

まだ小田急線が高架化されて間もなかった頃の話です。

 

祖師谷教室が開校したのは2000年6月。

 

当時はカイカではなく、アイデント祖師谷教室という名前で、オーナーさんも別の方でした。

サワシマはというと、前職を辞めて次の仕事を探していた時期で、求人を見てふらっと応募。

 

パソコンは多少できるし、タイピングだけは異様に速いし、人に教えるのが好きかもしれない…

そんな軽い気持ちで面接に行ったら、なぜか教室長として採用されてしまいました。

 

今思えば、当時の社長は相当チャレンジャーだったと思います。

 

教室の場所は今とは違い、祖師谷商店街沿い。

 

 

現在サンドラッグさんが入っているビルの2階で、1階には地元で有名だったスーパーおがわさんがありました。

懐かしい人も多いはずです。

 

当時の教室は、パソコン教室がメイン。

 

Windows98にブラウン管モニタという、今見ると博物館レベルの設備でした。

 

さらに英会話教室、中国語教室、そしてなぜか篆刻教室までありました。

 

篆刻の先生は本場中国の方で、今でいう多文化教室の走りみたいな雰囲気でしたが、難しすぎたのかマニアックすぎたのか、残念ながら短命に終わりました。

中国語教室は、8年後に控えていた北京オリンピックを見据えて開校したという、なかなか先見の明のある判断。

 

今の韓国語教室やスマホ教室につながる“多ジャンル路線”は、この頃から始まっていたんです。

 

パソコン教室の授業スタイルも今とは違い、一斉授業が主流。

 

最大15名の生徒さんを相手に、若すぎて自分でも誰だか分からないサワシマが前に立っていました。

 

今思うと、よくあれで成り立っていたなと笑ってしまいます。

 

それでも開校当初から教室はにぎわい、毎日が新しい挑戦の連続でした。

 

ここからもっと良い教室にしていくぞ、と決意したのがこの2000年。すべての始まりの年でした。 

 

 

最後までご覧いただきありがとうございました。